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終わりと始まり

本当に「時間」というのは相対的です。大学に入学した時は「卒業の日は絶対に来ない」と思ったが、もうすぐ卒業式が来ています。4年生になった時は「私は何も習ってないし卒業の後の人生の準備もまだ出来ていない」と思いましたが、卒業式の3週前に大学の4年を繰り返すと、思ったより準備が出来ていると思いました。大学入学以前は日本語を全然分からなかったが、今は新聞も読めるし会話もできるようになりました。好きなバンドの歌詞を理解したかったから始めた日本語の勉強を4年間ずっとしたことは本当によかったと思います。日本語を勉強し始めたから会った友達や先生もいるから言葉だけでなく多方面に私に楽しくて面白い経験でした。卒業した後でも日本語を忘れないようにするつもりです。そして、入学する時父の勧誘で始めた心理学の勉強も私の人生を変わりました。私たちの人生のすべてに影響を与えている心理学というのはとても面白いことです。心理学の影響が分かっているけど、偏見や固定観念などの悪い影響から逃げられない時が一番面白くて本当に私たちの人生の重要な要素だと思います。勿論まだ残っている人生を過ごせるほどの準備は出来ていないけれど、次の段階に進めるほどは出来ていると思います。だから、5月22日は終わりと始まりの日だと思います。4年間過ごしたタフツとここで会った友達と先生たちと別れることを思ったら寂しいけれど、卒業した後でもっと発展した私でまた会える日を思ったら本当に期待できます。

アイスランドには面白い食べ物がたくさんあります。例えば、こなしたサイや下ろしたパフィンなどな考えられない食べ物があります。でも、変な味のせいで観光客にはあまり人気がないとツアーガイドが教えてくれました。その以外に有名な食べ物とレストランがたくさんあるけど、一番有名なところはホットドッグの店です。考えれば、アイスランドとホットドッグはあまり関係がないそうですが、アメリカの前大統領のクリントンも食べた食べ物で、とても人気があるそうです。アイスランドに行く前から友達が「アイスランドのホットドッグは美味しいよ」と何度も繰り返したからそのホットドッグにかける期待はずいぶん高かったです。アイスランドに到着して、すぐその店を探しました。私達が泊まっているホテルと近かったから荷物を置いて、すぐ食べに行きました。その店はとても小さいスタンドで職員は二人しかいませんでした。しかし、ホットドッグを待っている人はたくさんいました。私達も列に入って待ちました。ついに、注文をして手の中にその有名なホットドッグが入りました。普段、期待が大きかったら失望も大きいけれど、そのホットドッグは期待以上でした。食べたホットドッグの中で当然一番美味しかったです。普通のホットドッグと視えるが、味がすばらしかったです。まず、パンの中に生タマネギと油で揚げたタマネギを入れて、その上にケチャップを振り掛けます。その後でホットドッグを入れて、その上に特別なマヨネーズとハニーマスタードを掛けたらアイスランド特性のホットドッグが完成します。

そのホットドッグは、私が食べたホットドッグと今から食べるホットドッグの中で一番美味しかったです。普段な材料を使っているけど、全ての調和がもっと美味しい味を作ったそうです。ホットドッグがあまり好きではないと思う私が「これ美味い」というほど美味しかったです。結局5泊6日の旅行中、私が食べたホットドッグの数は12本でした。もう、アイスランドのホットドッグじゃなければ、ホットドッグは食べられないと思います。

蜜柑むき

授業で「蜜柑むき」について議論した後で、私はそれがずっと気になりました。私の考えでは、村上さんが彼女とボィフレンドの関係を蜜柑むきに比喩したと思います。彼女は色々なボィフレンドが必要な理由はきちんとした生活がないから、ボィフレンドから必要なものをもらはなくてはいけないからだと思います。まず、モデルの仕事をしていても、収入は不規則だからそれだけではパントマイムの勉強をしながら普通の生活をするのが大変です。だから、彼女の数多いのボィフレンドに本当に単純な目的、つまり生活のために付き合っています。だが、彼女はそう思って男に接近していても、男の方も同じ考えをするべきではありません。彼女は単純な目的ですが、男性は彼女の行動と言葉を「愛」とか「好意」などに錯覚できるかもしれません。そうすれば、二人の考え方や行動は同じ目的に向かっていないから結局別れて、他の道を行かなくてはいけません。だからこそ、彼女の行動は永遠に続けられません。その生活ができる唯一な理由は「ある特定の場所で、ある特定の時期だけだ」。つまり、彼女はまだ若くてきれいいという「時期」でまだ人生について悩んで将来のことを考えなくてもいい「場所」にいるから、そんな生活ができるかもしれません。

蜜柑むきも同じです。いつでも蜜柑むきができれば、きちんとした生活はできません。そして、蜜柑が永遠に存在するべきではないから、特定の場所と時期だけにできます。だから蜜柑むきができる時にして置いた方がいいです。彼女はそれをちゃんと分かっているそうから、数多いのボィフレンドの「皮」をむきて、必要な部分だけをもらって、不必要な「かす」をはきだしていることを繰り返していると思います。

人ごみの中の寂しさ

最近韓国で悲劇的な事件がありました。それは、チョイ・ゴウンという将来有望な映画作家が自宅で冷たい死体となって警察に見つかったことです。もっと衝撃的なことは、その作家の隣の家はチョイが死んだことを全く知らなかったことです。チョイさんが死んだ理由は、数日間何も食べられなかったので栄養失調になったからだそうです。その上、チョイさんの自宅の前で「もしも、残っているご飯やキムチがあったらどうかお願いします」というノートが掛けられていました。それでも、誰も彼女を手伝ってくれませんでした。結局、彼女は人ごみの無関心の中で、静かに死んでしまいました。少しの関心さえあったら、彼女はまだ生きていたかもしれません。

今週の読み物の中で、寄付の様々な方法についての記事がありました。匿名で寄付する日本的な善意とか欧米型の実名で寄付する「ドネーション」が挙げられましたが、二つの方法の究極の目的は、他の人を助けることだと思います。寄付というのは必ずお金や物質的なことに限らず、他者に関心を持っていることも極めて大事だと思います。「私は寄付したいにもお金がない」、「私は他の人を助ける資源がない」などの考え方は弁解に過ぎません。隣の人に少しだけの関心を持つのは難しいことではありません。私たちには、人間として他の人を助ける義務があると思います。たとえそれが人に話かけることだけでも、他人の人生を変えることもあると思います。例えば、自殺を決心した人に普通に「今日は何をする」と話しかけたら、それだけで生きる希望をあげることが出来るかもしれません。大きい変化は小さい善意から始まりますから、寄付をすることはあまり難しいことではありません。本当の寄付はお金ではなくて、他の人を思う心です。

ポスト1

私も皆と同じように、ブログを書いた事がありません。いつも、「ブログを書こう」と思ったけど、本当に始めたのは今学期です。もちろん、授業と宿題の一部なので、書かなくてはいけないけど、今回をきっかけでブログを続けるつもりです。

大学の最後の学期がこんなに早く来るかを考えられませんでした。最後の学期、そして最後の日本語の授業を皆と一緒に過ごせるから本当に嬉しいです。4年生だから、卒業の後の不安と悩みのせいでちょっと心配になっているけど、あまり忙しくない学期だから自由な時間が沢山あるから大丈夫です。へいそできなかった読書や運動ができるからストレスレベルも低くいから良かったと思います。そして、最近バスケにも興味ができて、試合を見に行くつもりです。とにかく、ちょっと右往左往なポストだけど、今学期、色々な理由で楽しそうです。よろしく。